切らない映画は、編集をどこに隠したか 『1917 命をかけた伝令』
第4回は、映像を成り立たせる3つの要素、時間・フレーム・編集を扱いました。題材は、全編がほぼ一続きのショットに見える戦争映画『1917 命をかけた伝令』です。「編集がない映画」を観ることで、逆に編集とは何かが見えてきます。
作品データ
| 『1917 命をかけた伝令』 | |
|---|---|
| 公開 | 2019年12月25日(米国限定)、2020年1月10日(英国)、2020年2月14日(日本、119分) |
| 監督・製作 | サム・メンデス |
| 脚本 | サム・メンデス、クリスティ・ウィルソン=ケアンズ |
| 撮影 | ロジャー・ディーキンス |
| 編集 | リー・スミス |
| 音楽 | トーマス・ニューマン |
| 撮影期間 | 2019年4〜6月(イングランド、スコットランド) |
| 映像の特徴 | 長回しをつなぎ、全編を2つの連続したショットに見せる。最長カットは約8分半 |
| 評価 | アカデミー賞10部門ノミネート、撮影賞・録音賞・視覚効果賞の3部門受賞 |
| 配信 | Prime Video:レンタル・購入(見放題対象外)/Netflix・Disney+:配信なし 2026年9月時点。Filmarks調べ。参考:U-NEXTでは見放題 |
出典:Wikipedia英語版「1917 (2019 film)」、The Hollywood Reporter の記事をもとに要約しています。
映像の3要素
| 要素 | 意味 | 『1917』では |
|---|---|---|
| 時間 | 観客が体験する時の流れ | 主人公の時間と観客の時間を、ほぼ一致させている |
| フレーム | 何を画面に入れ、何を外すか | カメラが兵士に付き添い、見えるものを限定している |
| 編集 | ショットとショットのつなぎ | つなぎ目を物陰や暗がりに隠している |
作り手のバックボーン
サム・メンデス(監督) デビュー作『アメリカン・ビューティー』でアカデミー賞を受賞し、『007 スカイフォール』『007 スペクター』を手がけました。『スペクター』の冒頭では、すでに長回しの場面に挑戦しています。本作は、第一次世界大戦に従軍した祖父アルフレッドから聞いた「伝令の話」が元になっており、メンデス自身が最も個人的な作品と語っています。
ロジャー・ディーキンス(撮影) メンデスとは『ジャーヘッド』(2005)以来の4度目の組み合わせです。本作では、ARRIと開発した試作段階の小型カメラを使っています。
リー・スミス(編集) つなぎ目を隠す前提で撮影が進んだため、撮影が終わった時点で編集はほぼ完成していたとされます。
あわせて知りたい作り手
テルマ・スクーンメイカー編集
マーティン・スコセッシ監督の作品を長く編集してきた編集者で、『レイジング・ブル』『アビエイター』『ディパーテッド』でアカデミー編集賞を3度受賞しています。切らない映画を観た回だからこそ、「切る」ことを極めた人も知っておいてください。
考察:比較から何が言えるか
1. 編集は消えたのではなく、隠された
『1917』は実際には一続きで撮られていません。長回しを撮り、物陰や暗がり、カメラの急な動きを利用してつないでいます。観客がつなぎ目に気づかないように設計すること自体が、高度な編集です。
2. 切らないとき、フレームが編集の代わりをする
カットで視点を変えられない代わりに、カメラは兵士の前に回り込み、横に並び、背中を追います。カメラの位置と構図が変わることで、普通の映画ならカットで行う「見せる対象の切り替え」をしています。
3. 時間を飛ばすには、物語上の理由がいる
本作で一度だけ時間が飛ぶのは、主人公が気を失う場面です。暗転に物語上の理由を与えることで、観客は時間の跳躍を自然に受け入れます。編集点には、それを正当化する理由が必要だということです。
4. 源流:70年以上前の「切らない映画」
つなぎ目を隠して一続きに見せる手法には、ヒッチコックの『ロープ』(1948)という古い前例があります。技術はデジタルになっても、「観客に編集を意識させない」という発想は昔からあるものです。
授業の進め方(90分×2コマ)
| 時間 | 内容 |
|---|---|
| 1コマ目 0:00〜0:10 | 導入:今回の観点を伝え、「観る前の予想」を書く |
| 0:10〜 | 本編上映(止めない・戻さない・飛ばさない) |
| 休憩 | 構成の区切りで休憩。前半で気づいたことを1行メモ |
| 2コマ目 | 上映の続き |
| 上映後 15分 | 分析シート「たどる面」を個人で記入 |
| 15分 | ペアで「授業で投げた問い」を話し合う |
| 15分 | 解説(この記事の考察) |
| 5分 | 引き出しノートに3つ、降ろす欄を記入 |
上映時間が長い場合は、ペアの話し合いを短くして解説の時間を確保します。
授業で投げた問い
- つなぎ目が隠されていると思った場所を、3つ挙げてください。
- カメラが兵士の「前」にいるときと「後ろ」にいるときで、感じ方はどう違いましたか。
- この映画をあえて普通にカット割りしたら、何が失われますか。
参照動画
授業で上映した作品の予告編と、手法の比較のための映像です。
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『1917』Official Trailer
Universal Pictures
本編の雰囲気をつかむための予告編です。予告編は普通にカットを割っている点にも注目してください。
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『1917』メイキング:一続きのショットの撮り方
Universal Pictures ほか
カメラ、俳優、セットがどう動いて「切らない画」を作ったかが分かります。
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『007 スペクター』冒頭の長回し
Sony Pictures ほか
メンデスが本作の前に挑戦した長回しです。手法の系譜として見てください。
参考書籍
この記事の背景をさらに深く知るための本です。リンクはAmazonのKindleストア検索結果を開きます。
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演出
定本 映画術 ヒッチコック・トリュフォー
フランソワ・トリュフォー、アルフレッド・ヒッチコック/晶文社
映画監督どうしが、一本ずつ作品の作り方を語り合ったインタビュー集。演出の判断を言葉で学べる古典です。
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編集
映画の瞬き 映像編集という仕事
ウォルター・マーチ/フィルムアート社
映画編集者が「なぜそこで切るのか」を論じた編集論の古典です。切らない映画を理解するためにも読んでおきたい一冊です。
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演出全般
映像の原則 改訂二版
富野由悠季/キネマ旬報社
カットとカメラワークの原則を論理的に解説した技術書です。
出典
- Wikipedia英語版「1917 (2019 film)」(スタッフ、撮影、受賞、祖父の話)
- The Hollywood Reporter「1917」関連記事(最長カット、つなぎ方、編集)
- Portland Press Herald の記事(『スペクター』の長回しとの関係)
Wikipediaなどの記述は要約して掲載しています。原文は各リンク先で確認できます。
- 映像概論
- 2020年代
- 編集
- 時間
- フレーム