カメラを持つのは誰か 『Ghost of Tsushima』と黒澤明
第3回では、ゲームと映像の境界線を引きました。題材は、2020年に発売された『Ghost of Tsushima』です。時代劇映画、とくに黒澤明の作品に強く影響を受けたゲームで、ゲームと映像の違いと、その間にある技術を考えるのに最適な一本です。
作品データ
| 『Ghost of Tsushima』 | |
|---|---|
| 発売 | 2020年7月17日(新型コロナの影響で延期のうえ発売) |
| 機種 | PlayStation 4(のちにDirector’s CutとしてPS4/PS5) |
| 開発 | Sucker Punch Productions |
| 発売元 | ソニー・インタラクティブエンタテインメント |
| ディレクター | ネイト・フォックス、ジェイソン・コネル(アートディレクションも担当) |
| 舞台 | 1274年、蒙古襲来の対馬 |
| 映像の特徴 | 白黒フィルム風の「黒澤モード」、風で目的地を示す画面設計 |
| 販売 | 2022年1月時点で800万本超 |
| 配信 | ゲームのため配信なし。公式トレーラーとプレイ映像で扱う |
出典:Wikipedia英語版「Ghost of Tsushima」、各誌の開発者インタビューをもとに要約しています。
ゲームと映像の違い
| ゲーム | 映像 | |
|---|---|---|
| 時間の主導権 | プレイヤー(止める、戻る、寄り道する) | 作り手(尺と順番が決まっている) |
| カメラの主導権 | プレイヤー(自由に回せる) | 作り手(すべてのフレームを決める) |
| 映像として扱えるもの | ムービーシーン、トレーラー | 作品全体 |
この授業では、ゲームのプレイ画面は「対比の材料」、ムービーシーンとトレーラーは「映像」として扱います。
作り手のバックボーン
Sucker Punch Productions 『inFAMOUS』シリーズで知られる米国のスタジオです。本作の移動アクションには、その経験が活かされています。
ネイト・フォックス(ディレクター) 影響を受けた作品として『七人の侍』『椿三十郎』を挙げています。とくに『椿三十郎』の決闘は、敵と一対一で向き合う「一騎打ち」のシステムに直接つながっています。
ジェイソン・コネル(ディレクター/アート) 『inFAMOUS』でライティングアーティストからライティングディレクターになった人物です。実際の対馬に何度も足を運び、自身で約15,000枚の写真を撮ったと語っています。
黒澤モード:ルックは「着脱できる層」になった
黒澤モードは、ゲーム全体を1950年代の時代劇映画のような白黒の画に変える機能です。当初は「Samurai Cinema」と呼ばれていましたが、黒澤明の遺族に企画を見せて了承を得たことで、名前を冠することになりました。
単に色を抜くフィルターではありません。チームは黒澤作品の白と黒の階調を分析し、奥行きや時間帯の表現を研究しています。フィルムの粒子を加え、音も当時の映画のように作り直し、画面に吹く風も強めています。
考察:比較から何が言えるか
1. 主導権を渡したまま「映画の瞬間」を作る
一騎打ちの場面では、二人の侍が向き合って静止し、周囲だけが動きます。これは時代劇映画の構図そのものです。カメラをプレイヤーに渡しても、システムで状況を作れば、映画の構図は再現できるということです。
2. ルックは作品から切り離せるレイヤーである
黒澤モードは、同じゲームに別のカラコレとサウンドを「重ねる」機能です。分析シートの「カラコレ・ルック」が、作品の中身とは独立した設計対象であることを、これほど分かりやすく示す例はありません。
3. 文字ではなく画で導く
本作では、プレイヤーは画面に吹く風を追って目的地へ向かいます。地図やマーカーを画面に重ねる代わりに、画の中の要素で情報を伝えています。第2回で扱った「テロップで伝える」設計とは正反対の考え方です。
4. 源流は70年前の時代劇にある
2020年のゲームの背骨に、1950〜60年代の黒澤作品があります。この授業は2年かけて90年代まで遡りますが、作品によっては源流がさらに古い時代にあることも、ここで知っておいてください。
授業の進め方(90分×2コマ)
| 時間 | 内容 |
|---|---|
| 1コマ目 0:00〜0:10 | 導入:「カメラを持つのは誰か」という観点を伝える |
| 0:10〜0:25 | トレーラー・ムービーシーンを上映 |
| 0:25〜1:30 | プレイ映像を上映(「プレイ画面」の表の順に) |
| 休憩 | — |
| 2コマ目 0:00〜0:20 | 比較シート:ムービーとプレイで、時間とカメラの主導権がどう違うかを書く |
| 0:20〜0:50 | ペアで比較、数名が発表 |
| 0:50〜1:20 | 解説(この記事の考察) |
| 1:20〜1:30 | 引き出しノートに3つ、降ろす欄を記入 |
プレイ映像は実況や解説の声が入っていないものを選び、使う時間の位置を事前に控えておきます。
授業で投げた問い
- 宿題のムービーシーンは、プレイ中と何が違いましたか。
- トレーラーの中で「カメラを持っているのは誰か」が変わる瞬間はどこですか。
- 黒澤モードで変わったものは、色以外に何がありますか。
参照動画
授業で上映した映像と、源流をたどるための映像です。
-
『Ghost of Tsushima Director’s Cut』トレーラー
PlayStation
ムービーとプレイ画面が混ざるトレーラーです。カメラの主導権が切り替わる瞬間を探してください。
-
『Ghost of Tsushima』黒澤モード
PlayStation
白黒の画、粒子、音、風が、どう組み合わされているかを確認してください。
-
『椿三十郎』(1962)予告編
東宝
一騎打ちのシステムの源流です。二人が静止し、周囲が動く構図を確かめてください。
プレイ画面
ゲームと映像の違いを体感するために、カメラをプレイヤーが動かしている時間を長めに観ます。公式の約18分のプレイ映像と、序盤のプレイ映像を組み合わせます。
| 使う部分 | 目安 | 観るポイント |
|---|---|---|
| 公式プレイ映像(2020年5月) | 約18分 | 1:00ごろ探索、7:15ごろ侍としての戦闘、9:40ごろ冥人としての戦闘、14:45ごろフォトモード。カメラの主導権がどこにあるか |
| 序盤のプレイ映像 | 約30分 | ムービーからプレイに切り替わる瞬間。風で目的地を示す画面 |
| 黒澤モード | 約10分 | 同じプレイ画面が、白黒と音でどう変わるか |
-
『Ghost of Tsushima』State of Play(2020年5月)
PlayStation 公式
探索、戦闘、カスタマイズ、フォトモードを紹介した約18分の映像です。
-
『Ghost of Tsushima』序盤のプレイ映像
実況なしの映像
冒頭の戦いから、最初の探索まで。
-
『Ghost of Tsushima』黒澤モードのプレイ映像
実況なしの映像
白黒の画面で遊んでいる様子です。
授業では実機でプレイせず、プレイ映像を上映します。実況や解説の声が入っていない映像(「実況なし」「No Commentary」)を選んでください。
参考書籍
この記事の背景をさらに深く知るための本です。リンクはAmazonのKindleストア検索結果を開きます。
-
黒澤明
蝦蟇の油 自伝のようなもの
黒澤明
黒澤明本人による自伝です。時代劇の画がどんな経験から生まれたかを知ることができます。
-
演出全般
映像の原則 改訂二版
富野由悠季/キネマ旬報社
画面の中の位置関係と動きの意味を論理的に解説した技術書です。一騎打ちの構図を読む手がかりになります。
出典
- Wikipedia英語版「Ghost of Tsushima」(開発、スタッフ、影響)
- GamesRadar+「Ghost of Tsushima Kurosawa Mode explained」(黒澤モード、椿三十郎の影響)
- PlayStation LifeStyle「Ghost of Tsushima Akira Kurosawa」(遺族の了承、白黒の階調の研究)
- Flicks「How Ghost of Tsushima was influenced by Kurosawa」(対馬での取材)
Wikipediaなどの記述は要約して掲載しています。原文は各リンク先で確認できます。
- 映像概論
- 2020年代
- ゲーム
- カラコレ
- 黒澤明